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2010,06,12, Saturday
何かしらひとつでも自分の得意分野を長きに渡って持ち続けることは、様々な恩恵をもたらしてくれます。
それが仕事上のことであれば熟練と共に報酬も付いてきますし、また釣り等の遊びや趣味からでさえ、興味を保って長年継続していると、知識や経験ばかりでなく、いつの間にかテツガクめいたものまで身に付いてきます。 ただ遊びのほうは精神薬としても作用してくれる反面、ときに伴侶から、それは単なる毒だと苦言されたりもします。何も持たない者より当然、波風が立ちます。 ひとつのことに長く関わることは、大袈裟に言えば、その分野の生きた歴史の証人になることになり、其処で初めて見えてくる事があります。 誰もが実際にその目で見ることの出来る歴史はほんの僅か。そのことに関心を持っている間だけです。それも期間には上限があり、長くても半世紀程度です。 だから通常、その分野の始めからの歴史を学ぶには、資料や伝聞に頼ることになります。教科書、専門書、WIKI、雑誌、TV、友人、ネット…。 問題は、それらの記述や伝承が客観的に正確ならば良いのですが、しばしば勝ったほうから、力のあるほうから、より多数であったほうから、あるいは口数が多かったものからの影響が伺えることです。 私も子供の頃、教科書に書いてある歴史を鵜呑みにしていた時期がありました。しかし大人になるに従って、余りに一方的な記述には疑いを持つようになりました。 それはたった数十年生きて見てきた小さな範囲の歴史の中にでさえも、そこかしこで都合良く書き換えられていることを目撃してきたからです。こうしたことは、ひとつの分野に精通する程リアルに見えて来るものです。そしてそこから類推することが出来ます。 もしかしたら超長期に渡る大きな歴史の中にも、これに似た事情があったのではないかと。あるいは、大にあったことは小にも有り得るのではないかと…。 身近な例えから言えば、ルアーの歴史、パクリパクラレの応酬。釣法の由来。刊行物の正誤…。それらから始まって、果ては孤島の領土問題、先の戦争の原因解釈まで。通説そのものが少々ねじ曲がっているかのように感じています。 また現在、何処かの大国がやっていること、意図的に伏せられていること、それらが先々歴史にどう綴られるかを想像してみると、空を仰ぐばかりです。…… ( > > > 続きを読む)
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2010,01,19, Tuesday
この我が家に引っ越しして来たのは、初代K-TEN誕生の頃ですから随分経ちます。仮住まいと思っていたはずなのに、人生色々あって、どうやらこのまま定住することになりそうです。
住めば都、近辺にはサーフ、磯、川、堤防と、ルアーテストに必要なシチュエーションに不足は無く、都会にいるよりは交通に掛ける時間、費用の節約ができ助かっています。 ![]() 引っ越しして来た当初、歩いて二、三分の所にある幅5メートル程の小さな川には魚がたくさん居たものです。 それが暫くして治水工事が始まり、一挙に川幅が拡張されました。元々は幅5メートルで済んでいた水量だから、水深は極端に浅くなり、当然魚影も薄くなり、ガッカリしたものです。 それが、この数年徐々に川らしい様相をそれなりに取り戻しつつあるように見えます。 工事直後、平坦になった川底は、年に数度ある大雨や台風の影響で、掘られたり、干上がる場所が落ち着いて、此処なりに相応しい生態系を築き始めました。たまにですが、以前より型の良いフッコも入って来るようになりました。 ただし釣りを考えると、農耕地区にある小河川には特有の問題があります。農繁期になると、雨が降れば増水するものという常識が通用しないのです。田畑に水を引く水路利用が優先されるので、水門次第で水深が上下するからです。 自然の流れとは逆行することもあり、きっと我々以上に魚がビックリしていることでしょう。友人を釣りに誘い、行ってみたら前日にはあった水が全く無かったこともありました。 このように自宅の近くに釣り場があると、その現場の変遷を目前にして気付くことも多いのですが、たまに行く遠くの釣り場ではそうはいきません。 しかし全国の津々浦々でスケールの違いこそあれ同様の事は起こっているはずです。…… ( > > > 続きを読む)
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2009,10,31, Saturday
また以前書いた記事を、自分への反省を込めて載せておきます。(どこに寄稿したのか失念してしまったので出版社さんゴメンナサイ)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 海岸線の話 諸外国と海岸線の長さを比べれば、日本の総延長距離は、意外にもトップクラスだという。しかも、地理や気候的に恵まれて、人跡未踏の海岸線はない。人間が利用可能な、つまり、我々海の釣り人が入れる場所の長さは、実質、世界一かもしれない。 ただし、周知の通り、この数十年で、埋め立てや護岸工事によって、自然のままの海岸線は激減した。 都市の近辺は、コンクリートで埋め尽くされている。何かしらの所有権の付いた海岸線もその長さに含まれているのである。訳も分からないうちに、子供の頃の記憶の中にある海は一変していた。 さすがに最近では、環境保護の世論に押されて、一部の利権の横暴は許されなくなってきた。 例えば、命豊かな東京湾の三番瀬という干潟、浅場の埋め立て計画も大幅に縮小されるという。干潟というのは、生物はもちろん漁師にとっても、釣り人にとっても、聖域のような所だから、こういったことは歓迎できる。しかし、埋め立て計画は縮小であって、中止ではない。ジワリジワリ自然の海岸線は失われていくのは変わりない。(注、その後、幾つもの自然保護団体や、その活動に賛同した粘り強い人々の声が行政を動かし、埋め立て計画は中止となった。) 問題はこの一連の、計画の立案から、その縮小まで、ほとんどの釣り人にとっては、決定後に知らされるか、納得するしかないということのほうだ。出来上がってから反対することの困難さは、過去幾つもの例がある。 海そのものは日本国民どころか、人類全体のものという理念はあるだろうが、実際のところは、主に各国の企業体や漁師、そして我々レジャー派の三者が利用している。それも交差してだ。 例えば、湾内のシーバスポイントは正式には企業の敷地内ということで、立入禁止である場所が多数ある。 今は遠慮しつつ入っているのが現状だろう。釣り人の事故やマナー違反が続けば、より強力に排斥されてしまう。 また、職漁師は生活の場である海を釣り人に荒らされない限り、黙認してくれているといったところだ。 以前、ヒラメの放流に関わったときに一部の漁師達の本音に触れて、戸惑ったことがある。要は自分たちの海に勝手なことをするな、ということだった。 いかに大多数にとって良いと思われることでも、全く別の立場のものもいる。放流するということに、ヒラメ漁師は喜んでくれたが、ボラ漁師はヒラメを釣りにくる者が増えれば、車のライトで海を照らすことも多くなり、ボラが網に入らなくなるから放流すらダメだという。 ずっと連なる均一の海岸でも、所有権の存在もあるし、各漁協の管轄が区分けされているので、交渉は一カ所ではすまない。この時は、よく話し合い、挨拶にまわり、ようやく理解を得たが、権利が云々というよりも、人として向かい合うほうが解決が早かった。…… ( > > > 続きを読む)
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2009,06,29, Monday
公共工事が盛んな頃、幹線道路脇でイスに座って、交通量を量るためにカウンターをカチカチさせているグループをよく見掛けました。
頭の中が魚のことばかりが占めていたときは、そんなに正確に数えて何をする気なのだろうと無関心でした。 しかしその後、東京湾横断道路や四国と本州間に多くの連絡橋が建設され、全容が明らかになると大規模な工事ほど計画当初の予想交通量が、例外なく多い方に外れていることを知りました。また、地方空港建設計画等にも同様に楽観的に過ぎる予想が見受けられます。 相当な予算を使ったであろう事前調査とそれに費やした労力は、何処かに消し飛んでしまったようです。事業の完遂後、予想と現実との余りの差異に、民間ならば責任の在処を問われることになりますが、幾つかの言い訳で済んでしまいました。 経緯から常識で考えると、建設が認可されるために必要且つ望まれた数値が予めあるので、調査は綿密にやったという事実さえあればよかったということになります。 この手のデータを最終的に扱うのは、とても頭の良い人達ですから、改ざんなどしなくてもどうとでもなるのでしょう。 と、ここまでは世の常として嘆きの種になるだけなのですが、私の関心はこの時、その事業を始動させる立場にある人、あるいは官僚といわれる人達に心の葛藤があったのか、どうなのかにあります。 この場合、彼等の優秀な頭脳をもって調査データを客観的に分析し、将来の交通量を正確に恣意無く予想したものが提出されていたら、おそらくあの二つの橋は出来ていません。 一方で、利権やその他諸々を配慮し、如何に目標に満たないデータが集まっても、何かしらの理由を付けて認可が下りるであろう数値を捻り出して提出すれば、橋は出来ます。始めに結果有りきです。 私のような者がいたのなら、悩んだ末、前者を選ぶと思うので、早々と追い出されるでしょう。 その後の人事で出世した人が何を担当していたのかを見れば、あの時本当は何があったのかが判るかもしれません。… ( > > > 続きを読む)
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2008,08,26, Tuesday
四年に一度のお祭り、オリンピック、終わりました。参加選手誰もが輝いていました。たくさんの感動、ありがとう、です。
それでも華やかな祭りの余韻に浸っていられるのは、関係者以外は数日といったところ。前回のアテネもその前も、真っ先に忘れるのはマスコミの常でした。後二週間も過ぎれば、あれだけ大きなイベントも潮が引くように遠い日のごとく扱われることになります。 ![]() それにしても我々一般人からすれば、オリンピックに参加できた選手は、その濃密な体験が想像できる故に、羨ましいと思う方は多いでしょう。 TVに映る彼等はときに嬉し泣き、悔し泣き、雄叫び、陰りのない笑顔、天を仰ぎ、地に伏せ、それこそ最大限に感情を露わにします。普通に生活しているものには、なかなか得られない感情や経験のはずです。 ( > > > 続きを読む)
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2008,08,02, Saturday
我々がルアーを選択するときの理由のひとつに、サイズがあります。
90㎜とか125㎜とか、5㎜刻みの表示が多いですが、Mを発表した頃から108とか147とか、末のミリ部分を5以外の数字で表記したシリーズも各社から出始めました。 私がMで末尾8を指定したのは、例えば148という数字を耳にするだけで、ルアーが特定でき、区別分類がしやすいこと。それに外車のネーミングに328、206(車好きなら車種がわかるでしょう)とかが使われる意味を考えてのことでした。 代名詞になるまでは時間が掛かりますが、いったん定着すればアルファベット1文字か数字だけで認知されるようになる可能性があります。数字や英字一字では商標パテントが取れないのに、より成熟した車業界では、先行したメーカーの数字配列は真似されることはありません。仁義のようなものです。法よりも強い、互いの遠慮があるのです。(車業界に限られるみたい)
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2008,06,11, Wednesday
五月になると、我が家にバラが咲く。母が植えた一本の小径の赤いバラを、花瓶の中で根の張り出しを待ち、それを庭のあちらこちらに植えて増やしました。
かれこれ二十年。園芸家からすれば、放置に近く、適当に刈り込みをしているだけです。それでも毎年、花数見事に咲きます。雑草のよう。 もっとも、庭の五カ所に植えた中で、二カ所は数年保たずに枯れました。そこは日当たりも申し分ないのに何回トライしてもダメでした。 残ったバラは、余所の家の花期より少し遅れて咲きます。セオリーとしての肥料をやっていないこともあるのでしょう。毎年、気候に左右されて満開の時期が変動します。 それで気付いたのです。庭の三カ所でずれて咲くバラが、全部満開となる日に房総のとある磯に行くと、決まってヒラが待っていることを。普段、そんなに釣れるところではないので始まりは偶然のこととして気にもしなかったのですが、日を開けずに釣行していた頃なので、年を重ねるうちに、このバラとそこのヒラが連動していることを確信しました。大釣りになるか数匹なのかは、当日の風の具合によるのですが。 友人のKさんが、どうしてもヒラを釣りたいというので、理由を言わずにその日を指定してみました。当然釣ってきました。 ( > > > 続きを読む)
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2008,06,08, Sunday
Gトレバリー狙いでは、使用ルアーが以前より全般的に重くなりました。100g以上のルアーがよく使われています。フルスイングしての遠投性や、アッピール力を求めて、タックルの強化を伴って定着しました。
大きな魚を数多く釣りたい、道具の精鋭化は当然の要求でしょう。 しかし、ごくたまに釣れる大型魚はランディングしやすくなった反面、多数のレギュラーサイズには、いささかオーバースペックである場合が目立ちます。 かつて、GTやマグロなど大型魚狙いに遠征を供にした仲間達も、体力面の心配から次第にそうした釣りから足が遠のくようになってしまいました。最近のヘビータックルで投げ続けるのは勘弁してと言います。 数投に一匹ヒットするようなパラダイスなら良いのですが、そういう所に行くには日数が要ります。若さと金と暇を同時に得るのは難しい。 大物狙いを謳うソルティアシリーズにも130gまでのラインナップがありますが、今の私だと、このポッパーを丸一日フルスイングするとなると、楽しみより苦痛が上回るかもしれない。ここ一発、必要なとき数投ならば良いのですが。 元々、純粋に私の設計したソルティアポッパーは170ミリ、80gだけなのです。これを作るとき、GTを釣るという主目的はもちろんのこととして、一日中投げられる重さは?、引き抵抗は?と常に自問しながら数値を割り出したことを覚えています。 先の遠征から遠のいた人達もこれくらいのルアーに合わせたタックルだったら、また気楽に出来るだろうし、10kgに充たないGTでも充分楽しめます。それにはボートの操船も、同船者で打ち合わせして、無理なく届くところまで近づけばいいのです。 理想の専用タックルも行き過ぎると、元気な盛りの、競争大好きな、体力上等の者しか出来ないハードルの高い釣りに成りかねないということです。本来、その気になりさえすれば誰でも出来る釣りでした。 ( > > > 続きを読む)
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